コーヒーを飲もう☕

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ベンハルト・シュリンク『朗読者』~ 静かに、だが深いところで心が揺れる秀逸な物語

 こんにちわ。
 40分ほどの時間をかけて、3kmほどウォーキングをしました。
 コロンボです。

 

 今回は、ベンハルト・シュリンクの『朗読者』について書きたいと思います。


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『朗読者』
 ベンハルト・シュリンク
 松永美穂 訳

 15歳のぼくは、母親といってもおかしくないほど年上の女性と恋に落ちた。「なにか朗読してよ、坊や!」―ハンナは、なぜかいつも本を朗読して聞かせて欲しいと求める。人知れず逢瀬を重ねる二人。だが、ハンナは突然失踪してしまう。彼女の隠していた秘密とは何か。二人の愛に、終わったはずの戦争が影を落していた。現代ドイツ文学の旗手による、世界中を感動させた大ベストセラー。

BOOKデータベースより

 久しぶりにドイツ文学を読んだ。

 ドイツ文学では、かつてトーマス・マンの『トニオ・クレーゲル』を何度も読み返したものだが、この『朗読者』も、ドイツ文学の本流を引き継ぐような、率直でかつ重厚な雰囲気を持っているように思う。

 この小説は、静かでありながらもどこかに激しさ秘めた、まるでクラシック音楽を聴いているかのような小説だ。楽器でいえばチェロのような。決して、ドラムやトランペットではない。重厚で嵐のような感情を秘めたチェロがふさわしい、と思う。

 

 ミヒャエルの視点からみたハンナの物語である。そして、愛と尊厳の物語。

 かつて二人が逢瀬を重ねていたころには、15歳のミヒャエルは少年っぽい感情のまま戸惑い、年上の女性ハンナは高いプライドを見せて彼を支配するような態度をとるのだが、その後で手のひらを返したように彼に優しく接するのである。

  こう書くと、彼女が少年の心を単にたぶらかしているかのようにも思えるが、決してそのようには描かれてはいない。きっと、彼女の心の空白を埋めるために意図せずとってしまう態度なのだろう。

 

 ある時、彼の前から彼女は突然姿を消す。
 そして、その後二人が再会した以降には、それぞれの感情は直接的には描かれない。
 しかし、彼らの行動や言葉をみる限り、彼と彼女との間に存在するものは愛に違いないのだ、と思うようになった。彼らの愛はどこかで傷ついて、ゆがんでしまったのかもしれないけれど。

 

 彼女は彼のことを、「坊や」と呼んだ。年月を経て、彼はすっかり年老いた、孤独な彼女と会う。そして別れの際に、彼女は彼に向かって、「元気でね、坊や」と言うのだ。
 その言葉の中にはどのような感情が込められていたのだろう、そう思うと、とてもいたたまれない気持ちになるのである。

 

 彼女にとって、朗読を聴くという行為は何を意味していたのだろうか。また、彼にとって彼女に朗読を聴かせることが。

 

    よい物語というものは、読み終えた後に何か考えさせるものを残していく。この物語はまさにそういう意味でもとても良い作品である。
 彼女の意思はどこにあるのか、彼女の最も大切にしているものは何なのか。そこまでして守らなければならなかったものは何なのか?

 

 そして、彼に対する彼女の想いはどのようなものだったのか?

 

    とても多くのものが読み手に投げかけられ、委ねられる。

 なんという悲しい物語だろうか。

     読み終えて、ふと空白に迷い込んだかのような不安感のようなものに包まれて、しばらく何も考えられなくなってしまった。
   そのあと、静かでなんとも言えない余韻と、深い感動がくるのである。
 そして、思ったのだ。なんという悲しい物語なのか、と。

 

 ぼくは、この小説をもう一度読み返さずにはいられなかった。

 

では。

コーヒーを飲もう。

 

朗読者 (新潮文庫)

朗読者 (新潮文庫)